東京高等裁判所 昭和35年(ネ)2803号 判決 1963年1月31日
常磐相互銀行
事実
被控訴人(一審原告、勝訴)常磐相互銀行は請求原因として、被控訴人は昭和二九年一二月二八日控訴人上谷富蔵に対し、訴外木元九平を連帯債務者として、金五〇万円を、弁済期昭和三〇年一月二六日、利息及び損害金日歩三銭五厘の約で貸付けたところ、控訴人等は昭和三二年一月一三日に元金内入として金七万六一円と同日までの利息及び損害金を支払つたに過ぎない。
よつて被控訴人に対し、元金残金四二万九、九三九円及びこれに対する昭和三二年一月一四日以降支払済まで日歩三銭五厘の割合による損害金の支払を求める、と述べた。
控訴人上谷富蔵は被控訴人の請求原因事実を否認し、被控訴人主張の金員は訴外木元九平が単独で借り受けたものであり、控訴人は右借受を斡旋したに過ぎない、と述べた。
理由
(証拠)によれば、被控訴人は被控訴銀行池袋支店の扱いで、昭和二九年一二月二八日頃控訴人の紹介で控訴人の手を通じ訴外木元九平に対し金五〇万円を、弁済期昭和三〇年一月二六日利息日歩三銭五厘の約で貸付けたことを認めることができる。
ところで、被控訴人は、控訴人と木元九平とを連帯債務者として右の金員を貸付けたものであると主張するのであるが、被控訴人がこの点の立証に供する甲第一号証の約束手形(振出日昭和二九年一二月二八日、満期昭和三〇年一月二六日、振出地東京都世田谷区、支払地東京都豊島区、受取人被控訴銀行、金額五〇万円)の振出名義人は木元九平と控訴人との両名であつて、同号証中木元九平の作成名義部分についてはその成立に争がないが、控訴人の作成名義部分に人ついては控訴においてその成立を否認するのである。もつとも同号証中の控訴人名下の印影が控訴人の印顆によつて顕出されたものであることは控訴人の認めるところであるから、一応その成立が推定されるわけであるが、下記のような諸事情からみて控訴人の作成名義にかかる部分についての成立を認めることは困難である。すなわち、原審証人神保道、当審証人内田義夫の各証言によると、右の控訴人の氏名の記載およびその名下の押印は、当時の被控訴銀行池袋支店における貸付係員神保道が上司の指示によつてこれをしたことが認められ、他面、原審証人稲垣豊、神保道の各証言、本件弁論の全趣旨によると、一般に被控訴銀行では貸付をするに際し、通常、借主およびその連帯保証人から連名の手形を振出させるのみならず借入申込書を提出させ、貸付約定書等を作成することによつて、借主および連帯保証人の意思を確認する取扱をしているのに、本件貸借については甲第一号証の約束手形以外に右のような貸付に関する書類が作成された形跡のないことがわかり、また(証拠)によれば、被控訴人は木元九平に対し本件五〇万円を貸付けてから間もなく控訴人の手を通じて更に別口五〇万円を貸付けたのであるが(別口五〇万円のうち二〇万円は控訴人が使つた)、これらの貸付にあたつて木元をして被控訴銀行の営む二口の無尽(四〇万円と六〇万円計一〇〇万円)に加入させたほか、木元所有の建物について、他の債権者のための既存抵当権設定登記を抹消した上、第一順位の抵当権を設定させる手筈であつたところその手続のすまないうちに貸付金を交付し結局右抵当権の設定はしないままで終つたことが認められるとともに、控訴人は昭和一八年頃から被控訴銀行の営む無尽につきその加入者の斡旋をしてきたほか自らも被控訴銀行との間に密接な取引関係を結び、被控訴人の後援者として、被控訴銀行池袋支店の信用があつく、こうした事情から控訴人の紹介による木元への貸付も比較的安易に行なわれたものであり、且つ被控訴人との取引関係からして控訴人が自己の印判を被控訴銀行の係員の要求に応じて手渡す機会も少なくなかつたものと推測し得られ、なお(証拠)を総合すると、木元に対する本件五〇万円および別口五〇万円の貸付金についての所管はその後被控訴銀行池袋支店から、同行渋谷支店に移されたが、移管後の昭和三一年五月四日頃同渋谷支店支店長田中広久、同支店次長勝田秋男は右の貸付金の回収をはかるため、同支店に木元九平および控訴人を招致し、右の四者間で右貸付金合計一〇〇万円の返済につき協議がなされ、その際、本件の五〇万円については控訴人は無関係のものであり、別口五〇万円のうち二〇万円については控訴人の責任において、残三〇万円および本件の五〇万円については木元の責任において被控訴人にこれを返済すること等の事項が相互に確認され木元において改めて残債務につき被控訴人に約束手形を差入れたことおよび控訴人はその後右二〇万円を弁済したことを認めることができる。以上認定の各事情に原審および当審における控訴人本人尋問の結果及び甲第一号の裏面に一旦「皆済」なるゴム印の押された形跡のあることなどを考え合すと、前出甲第一号証の控訴人作成名義部分は、控訴人名下の印影が控訴人の印顆で押されたものであることだけでは、それが控訴人の意思に基づきその承認の下に作られたものとはたやすく認めがたいのである。そして右の成立を確認するに足る証拠はない。
右の次第で甲第一号証のうち控訴人作成名義部分は結局その成立を認めることができないから、これによつては五〇万円の本件貸付につき控訴人が木元九平とならんで連帯債務者となつた旨の被控訴人の主張を認めることができないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従つて、被控訴人の右主張は採用しえない。
以上の次第で、被控訴人の本訴請求は理由がなく失当として棄却されるべきものであり、これと異る原判決は取消を免れない。控訴は理由がある。
よつて、民事訴訟法第三八六条、第三九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。